2009年06月20日

#0008

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指揮者のスクロヴァチェフスキーの誕生日と、僕の誕生日は同じ。
別に意味はないが、あまりそういう人がいなかったので、何となくちょっとうれしい。


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2009年06月19日

#0007

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僕みたいなタイプは、音楽にかぎらず、あらゆる表現の「現在性」をもっとも気にする。
古典をやる場合でも、演劇ではその演出、音楽では指揮者の解釈。
「いま、なぜ」にこたえられないものに、感動することはない。その時代性、個別性を通過しないかぎり、普遍性にはたどりつかない。
ただのテクスト解釈では、死んだ芸術にしかならない。それは、人々の生活と何の関係もない。
ショスタコーヴィチのシンフォニーも同じ。
ショスタコーヴィチの場合、その楽曲自体、いまなおその現在性であふれている。
それでも、ショスタコーヴィチといえども、「いま、なぜ」という強烈な衝動からはじめられていない演奏は、楽曲自体がもっている「現在性」も平気で殺されてしまう。
別の衝動でつくられたもの、とくに権威あるものが決めた大衆を対象に何かやるときは気をつけなければならない。それが成功したとき、そこは善良な市民という名のファシストたちの時空間が生まれる。
それはそれは、薄気味悪いものだ。
実際、そんな演奏会はときどき目にする。大きなフェスティバルなど、気をつけなければならない。

ショスタコーヴィチ、『交響曲第13番』
はじめて生で聞く。
あらためてショスタコーヴィチの凄みを感じる。
『第13番』は声楽が入るため、その表現は観客にとってより直接性が強くなる。
ソ連批判ともとれるその内容に、初演のときの緊迫感はどれほどのものだったろうと、背筋が寒くなる。
『第13番』の初演では、ショスタコーヴィチの盟友ムラヴィンスキーが指揮を断り、バスの歌手が圧力により直前におりるという困難の連続だった。
その緊迫感たるや、想像を絶する。

やはり、ショスタコーヴィチの芸術家としての態度には、敬服せざるを得ない。


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2009年06月18日

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またしてもドミトリー・ショスタコーヴィチの『ピアノ五重奏曲』
ピアノは、マルタ・アルゲリッヒ。アルゼンチン出身のピアニスト。スペイン語読みだと、アルヘリッチ。
なんと透徹とした音だろうか。
なんと繊細な音だろうか。
心臓をわしづかみにされ、ぐいぐいひきつけられる。しかも、心臓をわしづかみにするその指は、あまりにも優しすぎる。
硬く透明な風景のなかを旅する。
9月、10月に、僕は友人を亡くしている。だから、この季節にこの曲を聞くと、その旅は死者との旅となる。

『MARTA ARGERICH SHOSTAKOVICH』EMI 2007年


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2009年06月17日

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オーケストラ。
いつもおそわれる、何ともいえない感動。
それは、演奏によるものばかりではなく、人間のもっとも良質な「音楽」という共同でつくりあげる営みに対する感動。
その最高峰の交響曲という形式への感動。
ひとつの音楽のために、作曲者、指揮者、演奏者、そしてそれぞれの楽器を製作した者たちの謙虚な営み。
一方では、戦争や虐殺という愚行を繰り返す人間が、これほどの叡智を表現してきたことへの驚嘆を覚えずにはいられない。

様々な人間の深いふかい快楽。


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2009年06月10日

#0004

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ショスタコーヴィチの音楽は、数学の上で生成する叙情。




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「わたしの交響曲の大多数は墓碑銘である」
ドミトリー・ショスタコーヴィチ

「1人の人間の死は悲劇だが、数百万の人間の死は統計上の数字でしかない」
ヨシフ・スターリン


このふたりの言葉は、並べて記しておかなければならない。




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2009年06月08日

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カラヤンの音は、縦のストライプ。




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2009年06月07日

#0001

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ドミトリー・ショスタコーヴィチ『ピアノ五重奏曲』1940年
ショスタコーヴィチのなかでも、最も好きな曲の一曲。
この曲をはじめて聞いたとき、自分の葬儀のことをすぐに考えた。もちろん、この曲自体、葬儀などとはまったく関係ない。
ただ、「旅」を強く連想させる。それが、死の旅立ちと結びついても不思議ではないだろう。
この曲は、作曲された翌年、スターリン賞を受賞している。初の受賞となる。そして、この受賞は、ショスタコーヴィチにとってしばらくは殺されなくてすむという生命の保障でもあった。
この曲を聞くときは、いつもショスタコーヴィチ自身がピアノを弾いているアルバム『SHOSTAKOVICH vol.1』を聞く。
他のショスタコーヴィチ自身によるピアノ演奏がそうであるように、このアルバムでもその演奏スピードは速い。
『交響曲第10番』も、ショスタコーヴィチ自身によるピアノ連弾が残っているが、尋常な速さではない。おそらくショスタコーヴィチの頭のなかでは、そのようにあらゆるものが目まぐるしく走りまわっていたのだろう。ムラヴィンスキーの指揮は、ある意味でそれを忠実に再現しているように思われる。
『ピアノ五重奏曲』は、巨匠リヒテルも弾いているが、どうしてもショスタコーヴィチ演奏の方を聞いてしまう。詩人の自作朗読を聞くようなものなのか。そうとばかりはいえない魅力が、そこにはあるような気がするのだが。
このアルバムには、もう一曲ショスタコーヴィチ自身の演奏のものがおさめられている。

『ピアノ三重奏曲第2番』1944年
これこそが追悼のための曲。
親友ソレルチンスキーが急逝したときに作曲されたもの。だが、この時期ショスタコーヴィチは、ナチスによるユダヤ人大量虐殺の噂を聞いていた。終楽章では、ユダヤの旋律が使われている。
早世した親友と虐殺されたユダヤ人に捧げられた追悼曲、僕はそのように聞いている。
何とも切なく、そしてこれもまた「旅」を感じさせる。こんな曲に送られたら、どんなにいいだろう。
切ないまま陽気に、まるで道化師たちの「旅」のように。
蛇足ではあるが、このアルバムには『Children’s Notebook』もおさめられており、タイトルをいうショスタコーヴィチの肉声も入っている。
ショスタコーヴィチのピアノの録音は意外と残っている。映像も見ることができる。
もう一枚、ショスタコーヴィチのピアノ演奏での『ピアノ三重奏曲第2番』をおさめたアルバム『D,SHOSTAKOVICH』がある。ヴァイオリンを担当しているのが、僕が最も好きなヴァイオリニスト、オイストラフ。
はじめてオイストラフのヴァイオリンを聞いたのは、ショスタコーヴィチの『ヴァイオリン協奏曲』だったように記憶する。まさに、しびれてしまった。身体が神経1本だけになるような感覚。
ソナタや協奏曲は、すぐれた演奏家に出会ったときに、生まれるという。ショスタコーヴィチも、オイストラフのために曲を捧げた。最近亡くなったチェリストのロストロポーヴィチもまたそうだった。
残念なのは、どれも録音が古いため、その状態がよくないということ。
ショスタコーヴィチの『交響曲第10番』の演奏でもっともすぐれているのは、カラヤン率いるベルリンフィルの1969年のモスクワ公演だと思っている。この公演を観たショスタコーヴィチ自身が「こんなに美しい10番を聞いたことがない」といったという。その録音は聞くことができる。だが、録音状態があまりに悪い。残念でならない。
そんな悪い録音状態でも、ショスタコーヴィチは胸に迫ってくる。
ここ一年ほど、録音状態の悪いショスタコーヴィチのピアノがたえず部屋を満たしている。そして、それは時に「抵抗」を。そして時に「旅」を僕のなかにわきあがらせる。
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2007年09月18日

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ある友人が自殺した。
その葬儀では、エリック・クラプトンの曲がフルートで演奏され、葬儀場から出るときもクラプトンの曲が流れていた。友人たちの言葉のなかにも、「70年代のロックを愛した彼女」と幾度も出てきた。
彼女が自らの葬儀に、クラプトンを流すことを望んだかどうかは知らない。そして、棺のなかでクラプトンをどう聞いたかのかも。
でも、そのときふと思った。自分なら。自分なら、どんな音楽を流してほしいか。だが、すぐに思い直す。そもそも自分の葬儀など必要ない。

様々なジャンルの芸術がある。だが、最後に音楽が残った。そんなことを思うことがある。
私の職業は、演出家だ。もちろん、台本やテクストも書く。時に、照明や美術、映像もつくる。振り付けもする。画も描くし、オブジェもつくる。小説や童話、詩も書く。
でも、ふと思う。最後に音楽が残った。
  *
幼い頃のことを思い出す。こまかな出来事ではなく、ある時間、あるリズムを。そして、死を目前とした時間、リズムを思う。そこには、同じ音楽が流れている。
そして、いま私はこれを書きはじめる。
『最後に聞く音楽』と題した「言葉」を。
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