
ドミトリー・ショスタコーヴィチ『ピアノ五重奏曲』1940年
ショスタコーヴィチのなかでも、最も好きな曲の一曲。
この曲をはじめて聞いたとき、自分の葬儀のことをすぐに考えた。もちろん、この曲自体、葬儀などとはまったく関係ない。
ただ、「旅」を強く連想させる。それが、死の旅立ちと結びついても不思議ではないだろう。
この曲は、作曲された翌年、スターリン賞を受賞している。初の受賞となる。そして、この受賞は、ショスタコーヴィチにとってしばらくは殺されなくてすむという生命の保障でもあった。
この曲を聞くときは、いつもショスタコーヴィチ自身がピアノを弾いているアルバム『SHOSTAKOVICH vol.1』を聞く。
他のショスタコーヴィチ自身によるピアノ演奏がそうであるように、このアルバムでもその演奏スピードは速い。
『交響曲第10番』も、ショスタコーヴィチ自身によるピアノ連弾が残っているが、尋常な速さではない。おそらくショスタコーヴィチの頭のなかでは、そのようにあらゆるものが目まぐるしく走りまわっていたのだろう。ムラヴィンスキーの指揮は、ある意味でそれを忠実に再現しているように思われる。
『ピアノ五重奏曲』は、巨匠リヒテルも弾いているが、どうしてもショスタコーヴィチ演奏の方を聞いてしまう。詩人の自作朗読を聞くようなものなのか。そうとばかりはいえない魅力が、そこにはあるような気がするのだが。
このアルバムには、もう一曲ショスタコーヴィチ自身の演奏のものがおさめられている。
『ピアノ三重奏曲第2番』1944年
これこそが追悼のための曲。
親友ソレルチンスキーが急逝したときに作曲されたもの。だが、この時期ショスタコーヴィチは、ナチスによるユダヤ人大量虐殺の噂を聞いていた。終楽章では、ユダヤの旋律が使われている。
早世した親友と虐殺されたユダヤ人に捧げられた追悼曲、僕はそのように聞いている。
何とも切なく、そしてこれもまた「旅」を感じさせる。こんな曲に送られたら、どんなにいいだろう。
切ないまま陽気に、まるで道化師たちの「旅」のように。
蛇足ではあるが、このアルバムには『Children’s Notebook』もおさめられており、タイトルをいうショスタコーヴィチの肉声も入っている。
ショスタコーヴィチのピアノの録音は意外と残っている。映像も見ることができる。
もう一枚、ショスタコーヴィチのピアノ演奏での『ピアノ三重奏曲第2番』をおさめたアルバム『D,SHOSTAKOVICH』がある。ヴァイオリンを担当しているのが、僕が最も好きなヴァイオリニスト、オイストラフ。
はじめてオイストラフのヴァイオリンを聞いたのは、ショスタコーヴィチの『ヴァイオリン協奏曲』だったように記憶する。まさに、しびれてしまった。身体が神経1本だけになるような感覚。
ソナタや協奏曲は、すぐれた演奏家に出会ったときに、生まれるという。ショスタコーヴィチも、オイストラフのために曲を捧げた。最近亡くなったチェリストのロストロポーヴィチもまたそうだった。
残念なのは、どれも録音が古いため、その状態がよくないということ。
ショスタコーヴィチの『交響曲第10番』の演奏でもっともすぐれているのは、カラヤン率いるベルリンフィルの1969年のモスクワ公演だと思っている。この公演を観たショスタコーヴィチ自身が「こんなに美しい10番を聞いたことがない」といったという。その録音は聞くことができる。だが、録音状態があまりに悪い。残念でならない。
そんな悪い録音状態でも、ショスタコーヴィチは胸に迫ってくる。
ここ一年ほど、録音状態の悪いショスタコーヴィチのピアノがたえず部屋を満たしている。そして、それは時に「抵抗」を。そして時に「旅」を僕のなかにわきあがらせる。